社 夕暮れ 草むら

社 夕暮れ 草むら

僕が前に住んでいた町には古い社がありました。建てられてから一度も補修をしなかったのか、ところどころ木の色が変色しています。社は1人で住むには十分な広さのある、ごくごく簡素なものでした。町から少し離れた所にあり、その場所に行くためには子供の背丈ほどある草むらの中を歩かなければいけませんでした。

僕はいつも友達と一緒にその草むらの中で遊んでいました。ガキ大将だったケーイチ。その腰巾着のタケ。その中で唯一の女の子だったサヤ。そして僕。草むらの中で遊ぶと言っても、実際には大声を出しながら追いかけっこをすると言うような物で、本当にたわいない遊びでした。それでも草むらを掻き分ける時に先の細い葉が頬や耳を撫でていく感触や、大声を出すことの開放感が、私たちをこの遊びに夢中にさせていたのです。ときおり草むらの近くにある川べりで魚を取ったり、水遊びなんかもしていたけれど、今でも強く僕の記憶に残っているのは、草むらの中で走り回っている僕らの姿でした。

その日も、僕らは草むらの中で大声を出しながら走り回っていました。まだ太陽は空の真上に有ったと思います。自分の背ほども有る草むらの中では、ケーイチの大声やタケの大声は大事な手がかりです。僕は声のする所に向かって、目の前を遮る草を掻き分けていました。けれども、確かにケーイチの大声はその生い茂る背の高い草の向こうに有るのに、ケーイチの声は段々と遠ざかっていくのです。僕は声を出しながら草を掻き分けていきましたが、声は段々と段々と小さくなり、とうとう全く聞こえなくなりました。

不思議な事に、僕を黒こげにするのではないかと思うほど熱かった日差しが、急に何も感じられなくなりました。熱いとか涼しいとか、そういった温度がこの世から無くなってしまったかのようでした。そして遠くで鳴いていたセミも、川のせせらぎも、草のざわめきも、全てが聞こえなくなりました。更には空の一番上の手の届かない所にあった太陽が徐々に傾き始め、西の空に沈み始めていくのです。自分の居る所だけ全てがおかしくなってしまったのです。

僕は何も感じられなくなったまま、自分の周りの急激な変化が恐ろしくなって、草むらの中を夢中で走っていました。草むらから逃げ出さなければならないと思ったのです。そうして草むらの中を怯えながら走っていると、草ばかりだった視界が急に開けました。ようやく外に出られたのかと思っていたのですが、そこは古い社のある小さな広場だったのです。その古い社がある場所は、本来町に出るべき方向とは反対だったので、僕はそのまま出てきた所から、また草むらの中に戻りました。

その社から遠ざかるように草むらを掻き分けて行けば、確実に町に戻れるのです。僕は勢いづいて草むらを掻き分けていきました。しばらくして目の前を遮る草の密度が少なくなっていくのを見て、この恐怖からやっと逃れる事が出来ると思いました。けれど、まだ始まっても居なかったのです。

僕はこの恐怖から逃れて我が家のある町に帰れることが嬉しくなり、最後は草の茂みを体当たりして抜けました。けれど僕が体当たりで抜けた先には、先ほど逃げるようにして去った古い社があったのです。僕はいつの間にか、小さい広場にまた戻ってしまったのです。僕はそれを受け容れる事が出来ませんでした。だからこれは何かの間違いだと思って、また先ほどの草むらの中に戻りました。その時に気がつくべきだったのです。自分が先ほどまで何度も歩いていた所であるのに、自分の通った形跡が一切無いという事に。

(未完)